棋聖戦で羽生善治棋聖が中村太地六段を破った瞬間、将棋界に新記録が生まれました。
通算タイトル獲得数を81期とし、不世出の大棋士といわれた故大山康晴十五世名人(1923~92年)と並んでいた最多記録を更新し単独1位にとなりました。
まさに将棋の申し子の“天才”が大記録樹立ですね。

羽生善治さんはひょうひょうとした人柄にも好感が持てます。
強いだけじゃなくて、新しいタイプの人間味を感じますね。
もちろん、相当な努力の賜物であることは間違いないことと思います。

羽生善治さんといえば、1996年に元アイドル・畠田理恵さんと結婚したことでも有名です。
1097年に「ここだけの話~オフレコ~」で歌手デビュー。
NHK連続テレビ小説でヒロインも務めました。

実は結婚時期、お二人は結構大変でした。

婚約発表は1995年7月でした。
で、1996年2月19日に畠田が駅で暴漢に襲われる事件が発生。
この事件は七冠達成から僅か5日後であったため、マスコミで大きく取り上げられました。
畠田理恵さんは救急車で病院に運ばれ、入院しました。
入院は一週間以内とのことで、それほど大事には至らなくて安心しましたね。
挙式は1996年3月28日でした。

それから10年以上経ったあとのこと。。。。

2010年11月に「離婚か」と不穏な空気が流れたことがありました。
妻・畠田理恵(41)との別居を報じられたからです。
夫を世田谷区の自宅に残して、ふたりの娘と横浜市内のマンションにいると。
理恵さんは「二女がフィギュアスケートを練習するため、リンクの近くに部屋を借りた」とコメントしていました。

が、「娘たちの学校は都内にあり、鼻田さんは毎日横浜から車で送り迎えしていました。途中、世田谷区の自宅に寄ることもありましたが、それも2-3時間程度で、羽生さんは娘たちと会う時間がほとんどなかったんです。この頃から彼に白髪が目立つようになりました」との関係者のコメントもあり、心配されたものです。
ちょうどそのころ、将棋でも不調が目立っていました。

しかし、現在はは一緒に暮らしているようです。

2012年3月下旬の情報ですが、関係者が世田谷区の自宅を訪ねると、羽生善治さんとともにミニチュアダックスを抱えた母親とトイプードルを抱えた二女も玄関からでてきたそうです。
どうやら家族は自宅に戻ってきたようですね。

近所の主婦の話によると、理恵さんを自宅近くでみかけるようになったのは最近のことだといいっています。

近所の方は「長女は中学生になったのを機にスケートを辞め、学業を優先するこおに。そして二女も中学生になります。3月22日からのスケート選手権にも出場していませんでしたから、学業に専念するのではないでしょうか」とコメントしています。

もともと別居というのも不仲が原因なのではなく、勝負師として集中させてあげるための家族の配慮だったのかもしれませんね。

とにかく大記録樹立おめでとう!と言いたいです。
そして、今後はさらに記録を伸ばしていくことを期待したいです。
まだ41歳と若いですから、まだまだいけますね。